ひょうたんのアダム・イブ

人類の誕生は約20万年前といわれています。

現代の我々により近い頭脳を持った人がアフリカ大陸で生まれたのですが、

その人の子孫、500人くらいの人たちがアフリカの大地を離れたのが今から6〜7万年前です。

日本に到着したのが1万2000年ほど前。

 

ずいぶんアバウトながら、どうしてそんなことが言えるのか不思議に思ったことってないですか?

それは遺伝子の研究が進んだせいです。

 

遺伝子の中には母親を通してしか遺伝しないミトコンドリアという細胞質の遺伝子があります。

その分布を調べると、一番多様性があるのはアフリカ人なのだそうです。世界中のミトコンドリアを調べるとアフリカ人の一部がだんだん広がり、4万年前から3万年前にはユーラシア大陸に広がったのもわかるそうです。

同じように男性は、女性と違うY染色体を持っています。Y染色体を使って祖先を調べても同じ結果となるといいます。いずれにせよ、人類はアフリカが起源。時間軸が我々の寿命をはるかに超えてしまうのでアバウトになってしまうのですが、記録として残っていない以上それで十分なんでしょうね。

遺伝について詳しく知りたいという方は「ミトコンドリアイブ」と「Y染色体アダム」で検索してみると面白いかも知れません。

 

 

さて、アフリカを出発した500人そこそこの人が、6〜7万年かけて地球上60億人に広がるまでに出会ったものとは?

色々なものに出会ったと想像できますが、ここでは植物に焦点を当ててみます。

その植物のなかでもっとも注目すべきはやっぱりひょうたん。

 

人類は移動を重ね、地球上各地に自生する植物と出会い、現在世界に流通している様々な野菜を生み出しました。

 

現人類が旧人のネアンデルタール人と違う発展をしたのは、農耕をしたからだといわれています。農耕によって定住生活が起こり、文明が生まれる。農耕の開始は1万年くらい前というのが定説です。

 

しかし、実はそうではないのではないか、アフリカを出たときから植物を栽培していたのではないか、と言うのが「東京農大の湯浅浩史先生」です。

 

湯浅先生は、人類最古の栽培植物は「ひょうたん」ではないかとも言っています。

ひょうたんを栽培し、加工品として持つことによって、人間は初めて水を持って海を渡ることができたし、長い距離を移動できたのではないかという説です。


日本では1万年近く前の遺跡からひょうたんが見つかっています。

約1万2000年前に日本に渡ってきたはずの人々が、農耕の始まったとされる1万年前にすでに瓢箪を栽培していたとすれば、アフリカ原産のひょうたんをいったいどうやって手に入れたのかというのです。南米でも同じ1万年前頃の遺跡からひょうたんが見つかっています。今のように1日あればアフリカに行けるような時代ではありません。

 

証拠を握っている訳ではないのであくまでも仮説ですが、人類は種を蒔いたら芽を出し、開花し結実するという、成長と増殖の概念を、早い段階で持っていたのではないかと思うのです。それこそ人類が旧人と違う最大の能力だったのではないか。

 

その古くから栽培されている(と思われる)ひょうたんの共通点は日本、南米ともにいわゆるひょうたん型ではなく、途中にくびれの無いひょうたんです。くびれのあるひょうたんも、くびれの無いひょうたんも、植物的にはまったく同じユウガオで、たぶん容器であると同時に食用でもあったと推測できます。(食用のひょうたんは日本ではかんぴょう=干瓢=干した瓢箪)

 

湯浅先生は、瓢箪を「人類の原器」といい、実は土器も瓢箪を模したものであろうとも言っています。瓢箪は、水を入れる容器としての役割だけでなく、様々なものを入れる容器となり得るのです。人の移動とともに物も移動するので持ち運びに便利な容器が必要というわけです。

 

アジアのひょうたんだけを見てもさまざまな形がありますが、これらは全部たった一系統だそうです。人類の起源アフリカへ行くとたくさんの種類があり、それこそ遺伝子レベルでは多様性を持ったひょうたんがあります。一説には多年生のひょうたんもあるらしいとか。嘘っぽいけど。

 

現在の日本でみられるひょうたんとかんぴょうの違いは、ひょうたんは苦いけれど、かんぴょうは苦くないということです。食用で栽培されていたかんぴょうから、形の面白いひょうたんが出てきて、観賞用のひょうたんになり、食べる必要がなくなって、ウリ科特有の苦味成分ククルビタシンが復活したものと考えられます。

 湯浅先生によると、くびれのあるひょうたん型は劣性形質で、かんぴょうのようにくびれのない形が優性形質だそうです。また、食味では、苦みがあるのが優性形質で、苦みがないのが劣性形質です。

 

ならば苦みのないくびれのある食用ひょうたんを作るのは、比較的簡単な話。

かんぴょうとひょうたんを掛け合わせると、一代目の雑種にはメンデルの法則で優性形質だけがあらわれます。つまりくびれのないかんぴょう型で苦いものだけがでます。この種を採ってまた蒔くと、わずかな数ですが中に劣性形質だけの苦くない瓢箪型のものがあらわれます。劣性形質の中には優性形質は隠れないので、劣性形質から種を採取していけば、短期間で苦くない食用瓢箪が固定できます。

 

もうちょっと遺伝について詳しく書くと優性の中には、必ず劣性は隠れています。F1品種は優性だから、両親のいいところだけが出るなどと書いてある本がありますが、それはものの捉え方によっては嘘になります。本来は優性と劣性というのではなく、顕性と潜性。現れる性質と潜る性質というべきなでのす。F1は両親の良いところだけを持って生まれるということではありません。人から見た良いところを優性と位置付けてしまうと痛い目にあいます。価値観ではなく、あくまでも遺伝子レベルでの優劣。

 

たとえば日本人と白人の一代雑種は、必ず黒髪で黄色い皮膚で黒い瞳という日本人タイプが生まれます。その人の価値観にもよりますが、金髪で青い瞳が良いところだと思っていても、金髪で青い瞳は劣性、潜る性質なわけです。残念ながら金髪で青い瞳の子供は生まれません。

同じように日本人とアフリカ系の黒人が結婚した場合は、一代目は皮膚が黒く縮れ毛という黒人の特徴を備えた子どもが生まれます。これが人間の場合に現れる一代雑種。

しかし、一代雑種の子同士が結婚すれば、金髪の子どもや皮膚が黒くて髪がストレートという子供が産まれる可能性が出てくるのです。一夫多妻、または一妻多夫が認められていれば実験してみたくなりますよね。

 

さて、もともと固定種というのは、何かと何かが自然交雑してできたものがほとんどです。交雑して変わった形態が出てきたものを何年もかけて作り続けながら固定していき、それが人手に渡り、また違う土地で栽培され、交雑と気候により変化していきます。交雑と、土地に適応しようとする遺伝子の力で、多種多様な作物が産まれてきたのです。

 

話しが色々な方向に逸れましたが、ひょうたんのアダム・イブ種ってどれくらい前の話しなんだろう?と疑問に思ったことがこの記事を書いたきっかけです。

 

きっと人に育てられるずーっと前のことなんだろうな。。。と思いを巡らせるのでした。

 

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