スローとは。自給とは。

今年も味噌の仕込みの季節がやってきました。
モヒョ畑の大豆を使う予定だったのですが、結局ほとんどがシカたちの胃袋に収まってしまったので、まずは大豆と麹を買いに行かねば・・・。
去年作った味噌が、今はまだ冷蔵庫のかなりのスペースを占領しているものの、このペースでいくと夏か秋くらいには食べきってしまうので、それを見越して来年分を仕込んでおくんですね。
どうやら「スローな暮らし」ってやつは、「長期的な計画性」が求められるという意味での「スロー」のようです。

スローといえば、秋に収穫した蕎麦の石抜きが(ようやく)先日終わりました。
ゴマはまだ終わっていません。。
穀物の収穫がかくも大変だということを思い知った昨年でしたが、それでも懲りずに今年も何か植えるでしょう。。

買った方が早くて労力が少ないのはもちろんですが、このご時世、買った方が安いこともしばしばだし、ちゃんと農薬のかかってない安全なものを買うこともできます。
それでも自給率をアップしたいと思うのは、つまるところ、そういういろんな作業が「楽しい」から。
第一義的には、健康のためでも、環境のためでも、ましてや日本の国土のためでもなく
(結果的に地球にやさしいのはよいことだと思うけど)、「自分が楽しいから」。これに尽きます。
というか、楽しくなかったらやらないでしょうね。。

ちっともリフォームが進まないモヒョ家も同じ。
床を張ったり、壁を塗ったり、人に頼めばスピーディに、かつきれいな仕事をしてもらえることは百も承知の上で自分でやりたいものです。
こんな楽しい作業、人にやらせるなんてもったいない!(笑)

巷には便利な道具も溢れています。
ボタンひとつで動くいろんな道具。
いくつかは必要な道具もあるけれど、正直、いらないものが多すぎます。
ないものはないでいい。どうしても必要だったら自分でどうにかする。(&たまには贅沢もする。)

生まれた時からモノにあふれた世代の「ないものねだり」「ないもの珍しさ」かもしれないけれど(この辺が、親世代と若干感覚がずれるところですが)、
あえて「ちょっと足りない状態」に自らを置くこと(この「ちょっと」というのと、「あえて」=自発的に というのがミソ)。
そしてその不便を楽しむこと。
いわゆるvoluntary simplisityが、自分がしたい暮らしなのです。
おそらくバックパッカーな旅も根底には同じものが流れているのだと思います。
「貧困を知らない世代の貧乏ごっこに過ぎない」なんて解説されたりしますが、
そもそも、思想でも修行でもなく「楽しいから」やっているものなので、「過ぎない」って言われてもねぇ・・・。

経済効率性から外れた活動であって、楽しいというだけでやっている、という意味では
ひょうたん屋も然り。
単なるオカネを稼ぐ手段では決してないのです。

一方で私は毎日納期と締め切りに追われる勤め人でもあるので(これはオカネを稼ぐ手段という面も大きいですが、しかし「楽しいから」やっているという面もあります)、生活100%スローにするというのは難しいですが、むしろ両方の世界のバランスをとっていたいと思ったりもします。
結局欲張りなんですかね。。

M.


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